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新潟地方裁判所 平成元年(ワ)89号 判決

原告

西藤芳広

右訴訟代理人弁護士

馬場泰

片桐敏栄

横田雄一

被告

日本国有鉄道清算事業団

右代表者理事長

石月昭二

右代理人

石山亮

右訴訟代理人弁護士

坂井煕一

主文

一  原告の請求をいずれも棄却する。

二  訴訟費用は原告の負担とする。

事実及び理由

第一請求の趣旨

一  日本国有鉄道が昭和六一年一月九日付けでした原告を免職する旨の懲戒処分は無効であることを確認する。

二  原告が被告に対し雇用契約上の権利を有することを確認する。

三  訴訟費用は被告の負担とする。

第二事案の概要

一  争いのない事実

1  原告は、昭和五四年四月一日、日本国有鉄道(以下「国鉄」という。)篠ノ井機関区に構内整備係として採用され、昭和五九年三月二四日以降長野運転所において電車及び気動車の運転士の業務に従事してきた。

被告は、昭和六二年四月一日、日本国有鉄道改革法一五条により、承継法人に承継されない国鉄の資産、債務等を承継した。

2  原告は、昭和六〇年一〇月二〇日に千葉県成田市三里塚上町二番地三里塚第一公園を拠点として開催された三里塚・芝山連合空港反対同盟北原派主催による「二期工事阻止、不法収用法弾劾、東峰十字路裁判闘争勝利、動労千葉支援、一〇・二〇全国総決起集会」(以下「本件集会」という。)に参加し、同日午後五時三八分ころ、同市三里塚十字路交差点付近で、公務執行妨害罪等により現行犯逮捕されて、同年一一月一一日まで勾留され、同日起訴猶予処分となって釈放された。

3  国鉄は、昭和六一年一月九日、日本国有鉄道法(以下「国鉄法」という)三一条、日本国有鉄道就業規則(以下「就業規則」という)一〇一条一七号により、原告を免職する旨の懲戒処分(以下「本件処分」という)をし、原告の雇用契約上の権利を争っている。

4  本件処分の理由の要旨は、昭和六〇年一〇月二〇日、同市三里塚において、多数の者が共謀のうえ、丸太数本、多数の火炎びん、鉄パイプ、角材、竹竿、木刀、棍棒、石塊等の凶器を準備して集合し、これを鎮圧しようとする警察部隊に対し、丸太を抱えて突入し、鉄パイプ等で突いたり殴打したうえ、多数の火炎びん、石塊を投げつけるなどの行為を行った事件について、原告が同日午後五時三八分ころ、三里塚十字路から大袋方面に移動した鉄パイプ集団の最前列におり、両手に持った鉄パイプを振り上げ、機動隊員の頭部をめがけて殴りかかるなどして逮捕されたものであり、その行為(以下「本件行為」という)は国鉄職員として著しく不都合な行為である、というものである。

二  争点

1  原告が本件行為を実行したか(被告は、原告が集団の最前列にいて、鉄パイプを振り上げ機動隊員らに殴りかかるなどの行為を実行したと主張するのに対し、原告は、デモ行進の隊列から離れて歩行中に転倒したところ違法に逮捕された、と主張する)。

2  本件行為が懲戒処分の理由に該当するか(原告は、現場の一従業員に過ぎない原告がその思想上及び政治上の主義・主張に基づき職務外で職務と関係なく行動した行為に対し使用者の懲戒権は及ばない、被告の指示に従って労務を提供することに何の支障も生じなかった、と主張するのに対し、被告は、企業は、社会において活動するものであるからその社会的評価の低下・毀損に繋がるおそれのある従業員の行為は職務外のものであっても企業秩序の維持・確保のためにこれを規制の対象とすることが許されるのであり、国鉄のように公共の利益と密接な関連を有する事業の運営を目的とする企業体においては更にその要請が強い、と主張する)。

3  原告に対する本件処分は相当か(懲戒権濫用の有無)。

第三判断

一  本件行為について

1  (証拠略)によれば、次の事実が認められる。

長野鉄道管理局は、同管理局所属の原告が成田市三里塚で逮捕されたことが判明したことから、国鉄本社へ逮捕時の状況の調査を依頼していたところ、本社の調査が終了したとの連絡があり、その調査結果の報告を受けるため、昭和六〇年一二月一七日ころ、同管理局人事課服務係長木内庸吉(以下「木内係長」という)を本社に派遣して説明を受けた。その際、本社から手渡されたのが乙一二号証の「一〇.二一成田闘争についての調査結果の通知について」であり、これは本社の担当者が千葉地方検察庁に事情を聞いて調査した結果を文書化し、総裁室秘書課長、職員局長名で同管理局長宛に作成したものである。また、同時に木内係長は、本社の担当者から、原告が逮捕時に「服装は白ヘル、サングラス、黄緑タオル、白マスク、紺カッパ、左腕灰色テープ、白軍手、さらし及びすね当てを着用していた」との報告を口頭で受け、その旨を(証拠略)に記載した。

木内係長から資料及び口頭による調査結果の報告を受けた長野鉄道管理局長は、原告を懲戒する必要があるものと認め、賞罰審査委員会の審議と所定の懲戒手続き(証拠略)を経て、本件処分を行った。右賞罰審査委員会の審議のための資料として、木内係長を中心に同管理局人事課で作成したのが(〈証拠略〉)「一〇・二〇成田闘争事件で逮捕された職員に対する懲戒処分について」と題する書面であり、これは木内係長が本社から手渡された(証拠略)とその際の口頭説明を纏めて記載したものである。

2  (証拠略)によれば、次の事実が認められる。

原告は、当日午後〇時三〇分ころから開催された本件集会に参加した後、同四時ころから始まったデモ行進に加わった。右集会には原告も含め約三九五〇名が参加したが、その一部である過激派集団は、予め集会場所の三里塚第一公園内に多数の角材、鉄パイプ、火炎ビンを運び込み、また、デモ行進に移る直前、駐車させてあったダンプカー二台から多量のコンクリート破片を下ろし、これらを凶器として携え武装して集会場所を出発した。デモ行進のコースは別紙図面(略)のとおりであり、武装していない集団は実線で記載した方向に、原告の加わったグループは破線で記載した方向に、二方向に分かれて進んだ。本件集会場所から三里塚十字路を経て大袋入口方向へ向かった(前記破線で記載した方向)グループは、三里塚十字路付近で空港滑走路側(第三ゲート方向)へのデモ隊の進入を阻止しようとしていた機動隊員との間で衝突し、デモ隊側は、丸太や鉄パイプで殴りかかったり投石したり火炎ビンを投げつけ、機動隊側は、放水したり催涙ガス弾を発射したりした。このため、後続のデモ隊は集会の会場から出たころから滞って前方へ進めない状態であった。原告は、本件集会場所で配られた「中核」と書かれたヘルメット、紺色カッパ、軍手、白色さらし、脛あて、灰色のテープ(左腕につけることになっていた)を着用し、予め自宅から持参したサングラス、タオル、白マスクをつけてデモ行進に加わった。武装した過激派集団と機動隊との衝突は、右十字路を経て大袋方向に至る路上及びその付近で午後四時三〇分ころから午後六時ころまで続き、過激派集団の約二四〇人が公務執行妨害罪等で現行犯逮捕された。原告は、前記過激派集団の多数の者が共謀の上、丸太、鉄パイプ、石塊、火炎ビン等の凶器を準備して集合し、警察部隊に対し鉄パイプ等で突いたり殴打し火炎ビンを投げつけるなどの行為を行った際、これに加わり、前記十字路方向から大袋方向に移動する鉄パイプ集団の最前列付近にいて、両手で鉄パイプを振り上げ機動隊員(逮捕者)の頭を狙って殴りかかった。そのため同隊員は大楯で防ぎながら飛び込んで原告を逮捕した。

3  原告は、右集会終了後、最初に出発したいわゆる全学連のデモ隊が前記十字路に差し掛かったころ、同所付近で混乱が生じていて原告の加わったデモ隊が前進出来なかったため、その付近に赴きあたりの動静を窺ったりしていたが、右十字路付近で近くにいた男性が倒れたため、その人をデモ隊が負傷した場合の応急処置をする場所(いわゆる「野戦病院」)と予め定められていた大袋寄りの戸村宅へ連れて行き、単身十字路へ引き返えそうとしたところ、放水車を先頭に機動隊員が向かってきたので、大袋方面へ逃げる途中、転倒したところを逮捕されたもので、鉄パイプ集団の最前列にいたことも、また、鉄パイプや石等を所持していたこともなかった旨供述する。

しかしながら、原告の供述は、自らがさらしを腹に巻き、脛あてを着けた上、ヘルメット、カッパ、軍手、サングラス、タオル、白マスクを着用した姿でデモ行進に参加した者としては、全体として漠然としていることや、前掲証拠(〈証拠略〉)によって認められる、右十字路に進入した者はその殆ど全員が鉄パイプ、丸太等により武装していたこと、同日午後五時三〇分ころから機動隊が十字路付近の武装集団の排除に着手しこれに抵抗する者との間で再び衝突が始まり、凶器をもって抵抗する多数の者らが逮捕され、やがて鎮圧されたが、原告はその間に逮捕されたものであることに照らして、措信できない。その他、前記認定を左右するに足りる証拠はない(原告の刑事処分が不起訴(起訴猶予)に終わり、捜査記録が当公判廷に顕出されなかったため、より詳細な事実関係が明らかにされていない嫌いがあるが、〈証拠略〉は右捜査記録の骨子が記載されているものと解されるので、前記の認定は左右されない)。

以上の認定事実及び争いのない事実によれば、原告は、本件集会に参加したのち過激派集団と行動を共にし、機動隊との衝突の渦中において本件行為を犯し、これを現認した警察官によって現行犯逮捕されたものであることが明らかである。

二  本件行為の懲戒事由該当性について

1  国鉄のように公共性を有する公法上の法人であった企業体にあっては、その事業の運営内容のみならず運営のあり方も社会的批判の対象とされ、その事業の円滑な運営の確保と並んで廉潔性の保持が要請ないし期待されているというべきであるから、国鉄職員の職場外における職務遂行に関係のない行為に対しても一般私企業と比較してより厳しい規制がされうる合理的理由があるものと解するのが相当である。

2  国鉄法三一条一項は、同項一号、二号に掲げる事由に該当した場合に懲戒処分をしうる旨を定め、同一号は懲戒事由として「この法律又は日本国有鉄道の定める業務上の規程に違反した場合」を掲げ、また、右業務上の規程である就業規則一〇一条に懲戒される行為の定めがあり、同条一七号の「その他著しく不都合な行為があった場合」との規程は同条一六号の「職員としての品位を傷つけ又は信用を失うべき非行のあった場合」との規程と対比すると、単に職場内又は職務遂行に関係のある行為のみを対象としているのではなく、国鉄の社会的評価を低下、毀損するおそれがある職場外の職務遂行に関係のない行為で著しく不都合と評価されうるものをも包含すると解することができる。そして、右各規程が具体的な業務阻害等の結果の発生を要件とするものではないことは、その文言に照らして明らかである。

3  そうすると、前記認定にかかる原告の本件行為は、その内容、態様からして、国鉄の社会的評価を低下、毀損するおそれがあり、著しく不都合な行為に該当するというべきであるから、これが職場外で行われた職務遂行に関係ないものであっても、懲戒処分の対象となることは明らかである。

三  本件処分の相当性

1  原告の本件行為は、前記一記載のとおり、凶器準備集合罪、公務執行妨害罪に該当する犯罪行為であり、その態様も武装した過激派集団と行動を共にした反社会性の高い過激な行動で、付近住民に与えた不安はもとより社会に及ぼした影響も極めて大きい。

2  国鉄法三一条一項は、国鉄職員が懲戒事由に該当した場合、懲戒権者(国鉄総裁ないしその代行者)は懲戒処分として免職、停職、減給、戒告の処分をすることができる旨規定しているが、どの処分を選択すべきかについてはその具体的基準を定めた法律や就業規則の定めはないので、懲戒権者の裁量に任されているものと認められる。したがって、その裁量が社会観念に照らして合理性を欠くものではない限り違法とはならない。

3  原告は、本件処分は国鉄における過去の同種事案に比して過酷であると主張するが、原告の主張する処分例はいずれも本件とは性質や事案を異にするので、比較対照するのは適切ではないうえ、前掲柴田信証人の証言によれば、本件事件に参加して現行犯逮捕された他の国鉄職員の職員三名がいずれも免職処分を受けていることが認められるので、右主張は理由がない。

4  そうすると、国鉄が原告に対し、本件行為につき本件処分を選択した判断が恣意にわたり或いは合理性を欠くとはいえないから、本件処分が裁量の範囲を越え処分権を濫用した違法なものということはできない。

四  以上によれば、本訴請求はいずれも理由がないから棄却することとし、民事訴訟法八九条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 吉崎直彌 裁判官 駒谷孝雄 裁判官 手塚明)

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